魚河岸シャツの発祥
そのシャツ買いっ!!

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手拭いに愛情を込めて

魚河岸シャツのはじまりは、祭りで使用される鉢巻(はちまき)はもちろんですが、祝儀として、また商売上のお得意様への御礼の粗品として屋号や店名を染めた手拭いを使用した文化がその基本にあります。

現代のように物が豊かではなかった、昭和20年代から30年頃身近にある「手拭い」で、各家庭の女衆(おんなしゅう)が手作りで仕立て、縫製し、現在のような着心地の良い粋なシャツに仕上がったのが始まりだそうです。

現在ではこれらがファッションとして多様されるようになりました。 港町の歴史と共に生まれ育ったこのシャツは、「型紙〜手縫い〜染織〜仕上げ」まで、 伝統を受け継いできた職人による丁寧な手作業で丹精込めて作られています。

伝統美が織り成す和と港町を象徴する渋めのデザインは、普段の着こなしも個性的に変化させ存在感を与えます。
綿100%の手ぬぐい生地のため肌に優しく、放湿性にも優れているので 着心地も良くとても快適です。

焼津のシマシマシャツ

鰹縞

焼津魚河岸本舗では、大正時代より焼津市の漁師がワークシャツとして着用していた「鰹縞シャツ」も販売しております。

鰹縞の由来

焼津の鰹一本つり漁では、鰹が釣れる脇に挟んで鉤(かぎ)を取って同時に首をしめるのに、鰹が滑りにくいという利点から丈夫な糸で織られた「カツオギモン」と呼ばれる作業着を着ていました。大正末期〜昭和初期には、厚手の木綿で「鰹縞」という白地に青い縦縞模様のシャツとズボンの上下を着用するのが流行。この布は各家で女性が織り、漁の無事と大漁を願いながら仕上げた愛情の込められたもので、焼津の男衆が着用したのです。鰹漁の基地になった鹿児島では、鰹縞のシャツを着た焼津の漁夫が目立つので「焼津のシマシマシャツが来た」といわれたそうです。

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